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くすの木

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    私が幼少の頃、自宅近く(母方実家)にあるこの”くすの木”の下でよく遊んだものです。初めて自転車に乗れた時もこの”くすの木”の下でした。無邪気だった自分を思い出しながらこのブログを綴っています。

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2005年10月31日 (月)

母校の50周年

本年我が母校であります、川口市立川口高等学校が創立50周年を迎えます。

来週、記念式典・祝賀会が行われますが、これに先立ち岡村幸四郎川口市長による記念講演会が在校生徒に向けて本日同校体育館で行われました。

これは、篠田実行委員長(我が会派の先輩議員)の発案で実現したもので、不肖の私が司会をやらせて頂きました。

なにせ高校生相手で司会をやるのは初めてでどんな雰囲気が予想がつかず少々不安でありましが生徒達はまあまあ静かに大人の対応をして頂き、市長の話にも耳を傾けていたようで助かりました。

講演内容は「これからの高校生に期待すること」と題して市長自らの小、中、高時代の体験を例にあげ、とにかく失敗を恐れず目標に向かってがんばってほしいと力づよくお話をされておられました。

講演終了後、市長、校長先生、篠田先輩と昼食を共にさせて頂きながら雑談をしていた中でも市長は生徒達の態度を褒めていました。

市長を見送った後、篠田先輩と帰り際に校長先生や職員の皆様から丁寧に感謝のご挨拶を受けると母校にほんの少しは恩返しができいるのかなぁ?とありがたい気分になりました。さて、来週は式典・祝賀会の本番です。万難を排してこんどは裏方に徹したいと考えております。

Pict0674

2005年10月29日 (土)

すげぇ~100周年

Pict0668 川口と言えば鋳物です。(機械・木型・植木など地場産業はがんばってますがこの場はとりあえず)

この川口鋳物組合が何と今年8月で設立100周年を迎えました。その記念の式典・祝賀会が都内某ホテルで行われました。

自民党市議会議員としてご招待を受けましたので謹んで出席させて頂きました。

川口市長はもとより、上田知事もお祝いにかけつけました。

どなたか祝辞で言っておられましたがいろいろな周年行事に出席しますが業界団体で100周年の行事は初めてです。

なぜ鋳物が栄えたか聞くところによると街を流れる荒川から原料である良質の川砂が当時は多く採取されたそうです。正に川の恵みですね。

100年前と言うと日露戦争の時代ですから、いかに長きに渡り鋳物が川口の地場産業として街の繁栄に貢献してきかた、心より先人から現在に至るまでの関係者に敬意と感謝を申し上げます。

また、たまたま座った丸テーブルが自民党1期生8人だけで囲む事になり気遣いの少ない自由な発言が飛び交う楽しい一時で思わずちょっと酔ってしまいました。

2005年10月27日 (木)

クイーン(Queen)

日頃本当にお世話になっている地元の友人(S君)から譲って頂いたチケットで妻と二人クイーンのコンサートに埼玉スーパーアリーナまで行ってきました。 

さいたま新都心駅から会場まで歩いて数分ですが、物凄い人数でしたけど動線も考えて通路もしっかりとした幅を確保してあり大した混雑もなく会場に入場できました。

しかし、会場内はとにかくデカイですねさすが土屋さんが埼玉の税金を結集して造っただけはあります。

さて、公演がスタートしたら予想どうりにほとんど総立ち状態!たまにちょっと知らない曲だと座って一息。

やはりお客さんは同年代が多かったですね。ボヘミアンラプソディーでは、大画面にフレディー・マーキュリーの雄姿が映され盛り上がりは最高潮。

アンコール最後はウィー・アーザ・チャンピオンで全員で大合唱!拍手もそこそこに会場を早めに出て入場前に買えなかったお土産(プログラム、キャップ、タオル)を混雑の中でも何とかゲット。

帰りの電車が改札でこれまた大混雑で時間調整をしてやっと帰路に。

クイーンのオリジナルメンバーが来日したのは多分四半世紀ぐらい前でしょうかほんと懐かしく至福の一時を過ごさせて頂きました。

S君ほんとうにありがとうございました。Photo_6

2005年10月26日 (水)

政治研修会

今日は、”どうなる日本の政治と経済”と題して読売新聞編集委員である橋本五郎氏の講演を聞きました。

話の冒頭で、ある取材で思い切って数字を言って下さいと言われ、今回の選挙で自民党が獲得する議席を250位と予測して大はずれした私には、どうなる日本の政治と言われても解りません。(笑い)

また、今回の自民党の歴史的大勝の要因を一言で「小選挙区制度と類稀な変人小泉総理が化学反応を起した結果であろう」と言っていました。ある意味面白く真相を付いた分析であるなぁと感じました。

全般的には小泉総理がその話題の中心となりましたが、その内閣支持率の高さについて株価とデフレの関係や総理自身の運の強さそしてその変人たる性格の一端(人の話を聞かない!迷わない!他人に頼まない!など)をジョークやウイットを交えながら紹介し、講師におかれては胃がんの全摘を4年前にしたとは思えないほど約一時間半の時間を力強く語って講演をされていました。

2005年10月23日 (日)

茶会

今日は新郷南公民館で文化祭が行われたので行ってきました。

手芸、舞踊、絵画、書道、華道、写真、茶道など日頃の成果を発表する機会であります。

開会式では、新郷地区のインフラ整備に加えて芸術に対する整備(文化会館、資料館など)の遅れについて話をさせて頂きました。

今後は、一線からリタイヤされたその後の潤いのある人生の為に一芸を極めるなど自己実現に向けたさまざまなソフト面での行政施策重要性も訴えて行きたいと考えております。                                                  

例年、開会式直後に和室でお茶を頂いており、今年もお誘い下さったので遠慮なく頂いてきました。まず最初は和菓子を頂きます。

今年は柿の形に似せたもので甘さが控えめでとでも品のあるお味でした。続いてお茶を頂くのですが、いつもながらその陶器がとでも良いもので、貴重と言うか高価と言うか正直お茶の味よりもその入れ物である陶器の方が気になっている下世話な自分でありました。Pict0662

2005年10月22日 (土)

農 薬

最近、食に関する不安の声が多くなってきているのはご承知のとうりです。

例えば、BSE問題、原産地表示違反、輸入野菜の高濃度の残留農薬など、一方これらに対して国産農作物は安心安全ですよと消費者にアピールしてきたにも関わらず無登録農薬の販売、使用が発覚して消費者の信頼を大きく損なう事となりました。

これらを受けて無登録農薬の使用禁止と罰則の強化、細かな使用基準と使用記録に努めることなどを盛り込んだ改正農薬取締法が施行されその勉強会に昨夜参加してきました。 

主催はJAあゆみ野の新郷壮青年部です。実は私も部員であり常日頃よりメンバーの皆様には大変お世話になっております。

今日本の食べ物の自給率が4割ぐらいで、特に極東アジア近隣諸国からの輸入が多く、今その中で関係が微妙な国(北朝鮮・中国等)もある訳であります。

万が一、経済制裁など物資の輸入禁止状態になった時は当然に農産物も国内生産を増やさなければなりません。

そうすると農産物生産者の皆さんの責任と重要性が高まる事となります。

今後は生産管理が面倒で難しくなりますが何とかこれらを克服して頂き安心、安全な野菜をこれまでどうりに供給し続けて頂く事を切にお願いするものであります。

2005年10月21日 (金)

グランドゴルフ

Photo_5 新郷地区グランドゴルフ大会の開会式に行ってきました。このところ年々愛好者が増えている比較的に新しい高齢者を中心としたレクレーションスポーツです。

基本的にゴルフと同じルールですので解かりやすく誰でも簡単に出来るスポーツです。

私も何度かやってみた事がありますが、そこそこ歩きますし自分の打った回数を申告する事などマナーがゴルフ同様にあって頭と体を両方適度に使うのでいろいろな意味で良いスポーツだと思います。

残念ながら、川口市には専用グランドゴルフ場がまだ無いので近い将来には何とか作るようにと某会長より要望されております。

2005年10月20日 (木)

加藤助役

Pict0659 今日は朝9:00から加藤助役のところへ地域要望の件で伺いました。

地域要望の場合はその担当部局の課長のところへ行くのが一般的ですが大きな予算が掛かる件や全庁的なものは直接トップ(市長)にお願いする事になります。

今回はその要望の性質から実務の全てを取り仕切っている加藤助役にお願いしてきました。

話が一人歩きすると多方面で迷惑がかかる事が予測されますので具体的な内容はここでは書けませんが、実行性が高まった時にお知らせしたいと思います。

今日はしばらくぶりで天気が良くさわやかなのでお願い事もすっきり叶うと嬉しいのでが...。

2005年10月19日 (水)

防災を考える

あの阪神・淡路大震災から10年が経過し、首都圏にも直下型の大地震がいつ起きても不思議ではない状況で「あっ、地震だ!埼玉震度3」川口市においてもあれこれ防災危機管理体制については議論がされているところです。

そこで、震災を経験した自治体から学ぶべき事は多かろうと神戸市と尼崎市に視察に行ってきました。

その中で特に印象の残ったのは、神戸市の「人と防災未来センター」と言う震災当時の様子をいろんな角度から検証したりまたその後の街の復興に至るまで映像や展示物などで細かく紹介しているところでした。

震災の瞬間、揺れた約10秒間を再現と実録を交えた映像で大画面で流しているコーナーでは正直身震いしました。

また本当に多くのボランティアが震災地に結集して救援、復旧、復興に力を注いだかがよく理解出来ました。

防災について考える機会がある場合は「人と防災未来センター」の見学を是非お勧めしますPict0641

2005年10月17日 (月)

小泉首相靖国参拝

小泉首相が今日午前中に靖国神社参拝したとの事、秋季例大祭に合わせた参拝となったようです。

そもそも、首相になる以前は8月15日に参拝をする事を公約にしていましたが中国や韓国との関係を考慮してこれまで参拝の日程をずらしていました。

中国と韓国が首相の参拝に反対するのはいわゆるA級戦犯を合祀している事がその理由とされています。

いささかこの件に関しては、がっかりしてるのが私の捉え方であります。

ここからは私の私見ですが、そもそもA級戦犯なるものは戦勝国のアメリカがその見せしめとして勝手に作り上げた裁判であり、その戦争責任をそのような裁判で問う事自体がおかしと考えます。

遊就館(靖国にある軍事博物館)を見学すれば解かりますが祖国の為に幾多の戦いに尊い命を奉げられた数多くの英霊がここには祀られているのです。

過去があって初めて現在が存在します。我が国のこれまでの繁栄は全ての先人達の働きがその礎であります。

とすれば小泉首相が首相としてその国の為に英霊となった御霊を祀っている場所へ8月15日終戦の日(特別な日)に参拝するのは当然の事で、他国からものを言われる筋合いはまったく無く、ましてや私人、公人など問題外であると私は考えております。

2005年10月16日 (日)

宅建試験日

毎年10月第3日曜日は宅建の試験が行われる日です。我社のスタッフも今日は試験にチャレンジしております。

想い起こせば昭和57年に私は宅建の資格を取得しました。当時からすると試験の難易度は段違いで今の方が高いのは言うに及ばず、昨今に受験する人達には申し訳ない気もします。何の試験でも早く取った方が勝ちって事ですね。

でも大事なのは取得した後しっかりとこれを生かして仕事ができるかどうかです。
国家資格の事を「足の裏の米粒」と言うんだそうです。その意味は
取らなきゃ食べられないでも取っても食べられない”的を獲た言葉だど思いませんか?

2005年10月15日 (土)

例大祭

東本郷氷川神社にて例大祭が行われました。神事においては、有難くも玉串を奉奠(ほうてん)させて頂きました。

例大祭と言うと天災からのご守護五穀豊穣への感謝がその主なる目的であります。娯楽があまりなかったその昔出店がでたり地域の伝統芸能が奉納されるなど一種の祭りごとのような賑わいであったそうです。

このような話を聞くと今日では足を運ぶ方もまばらでちょっと寂しい感じがします。

二礼・ニ拍手・一礼玉串は時計回りで奉奠、最近やっと迷わず出来るようになりました。Pict0638

2005年10月13日 (木)

カーブミラー

この程、本蓮町会(下宿支部)でかねてから要望のあった場所にカーブミラーが設置されました。

私はこれまで年間5個ぐらのペースでカーブミラーを地域の方々からお願いされ行政側に設置を担当部局まで直接いいに行って付けてもらっております。

カーブミラーを行政側に付けてもらうには、現在ではいくつか条件みたいなものがあります。まずはあたりまえですが見通しが悪く危険と判断される場所である事、また公道から公道に出る場所(私道は×)である事、なぜ私道はだめなのか?

私道の場合は公共性に欠ける為でその道を利用する人が特定少数なるという考え方だそうです。しかし、本当に危険で何とかしなければならない場所には、地元町会に相談するとか何がしかの打開策を講じなければなりません。

いつでも相談にのりPhoto_3ますのでご一報下さい。 Photo_4

2005年10月12日 (水)

総裁室

Pict0630 総裁室?添付の写真は、小泉総理の自民党総裁室のルームサインです。埼玉県連女性部主催による自民党本部での研修会に妻が参加させて頂き、その際に総裁室に入室が許されたそうであります。(妻撮影)

時同じくして国会では郵政民営化法案が衆議院で可決され議事堂から帰ってきた杉村太蔵衆議員議員とも遭遇したりと普段では体験出来ない貴重な興味深い一日であったようでありました。

ただ、残念だったのは自民党本部の美味しいカレーライスが食べられなかった事であります。(今回は幕の内らしい)やっぱり党本部はカレーですよ!カレー!

2005年10月11日 (火)

区画整理

東部区画整理事務所に行ってきました。今回の目的は、ある地権者の方がご自分の仮換地案に対して不安と要望があるようなので一緒に説明を受けて更には地権者側の要望を伝える為でした。

今回は、地権者側の要望が叶えらそうなものであったのでまあまあ良かったのですが、場合によっては、区画整理の理解度の問題も含めなかなか話が前に進まない事もたびたびあります。

地権者側にしっかりと説明をしてご理解を頂く事は時間が掛かろうとも今やらなければなりません。後になればなるほどいろいろな意味で難しくなります。

地権者の皆さんで今、ご自身の仮換地案に対して何となくぼやけておられたら是非、区画整理事務所に行って下さい。職員がちゃんと説明をしてくれます。

行きずらいと感じている方は私に事前にご一報頂ければもろもろご配慮させていただきます。ご遠慮なく!

2005年10月10日 (月)

安行の植木

今日は体育の日にも関わらず。統計的にれるはずなのに、これも異常気象と何か関係があるのでしょうか?おそらく各地で行われる外での諸行事の主催側は頭が痛いところですね。

さて、そんな中、植木の里安行では、毎年好例の「秋の安行植木祭り」が緑化センターこと樹里安(じゅりあん)で開催されました。 あいにくの天候ではありますが、植物のお好きな方々は季節感に応じた沢山の鉢物や盆栽などに熱心に見入っておられました。

この行事は、行政外郭団体が主催である事と私自身がいくつかの緑化団体とご縁を頂いている事からここ数年足を運ばせてもらっております。

雨露に濡れる葉っぱを凝視していると心が安らかになり和んでくるものです。あれっ?私もそれなりに加齢してきた証拠でしょうか。Photo_2

2005年10月 9日 (日)

”お祭り”

Rimg1172 今日、地元本蓮祭りが開催されました。氷川神社で祈祷の神事の後から7支部それぞれに地域の個性に合わせた陰祭りが行われたました。

陰祭りの為、基本的には神輿は出さないはずがどうしてもお祭りには神輿がないと始まらないと考える支部ではご覧のようにしっかり神輿で練歩く後景が見受けられました。心配された雨も何とか午後までもったのも日頃の地域の皆さんのおこないの良さではなかろうかと思います。

神事として秋のお祭りの目的は、一般的に豊作に対する御礼と言われますが、昨今は日頃希薄になったご近所との融和親睦が目的であり、またこれが地域の絆をしっかり保つ事になり安心安全の街づくりにつながって行くと考えております。

2005年10月 8日 (土)

売るか?貸すか?

お客様の相談の中で、自分で使っていた家もしくは、仕事場(工場など)を経済的困窮除く理由から使用しなくなった時、売るか、貸すか、皆さんはどう考えますか?

直ちに貸すとお考えの方は、ひょっとして2年契約だから更新しなければ2年間待てば返してもらえると簡単に考えていませんか?これは大きな勘違いです。返してもらうには(物件の解約に伴う引渡し)家賃の未払いなどを理由に裁判でもしない限りなかなか出来ません。なぜなら2年契約は借りる側からすれば法的には更新が前提だからです。これらを理解した上で考えると結構迷うものです。

この様な場合の現在における私なりのポイントをいくつかあげると。

1.自分達(血縁者を含む)で再びこの物件を使う可能性はあるか。
2.貸す場合の多年に渡るリスクを覚悟できるか。
3.その物件の取得価格と取得期間。
4.所有者の年齢と環境と性格。

1の使う可能性がほんの少しでもある場合が難しいです。ほんの少しなら3に照らしあわせ想定される譲渡益や税金が納得できて4の年齢的にリタイヤしている場合は売った方が得策だと思います。(リタイヤしていても事業意欲がある方は貸す事を勧める場合もあります)

1の使う可能性はますない。でも3で譲渡損がでる。また2のリスクが煩わしい。4の年齢と環境によりますが、基本的にリスクを減らす為に賃貸管理代行を業者に任せて貸す事をお勧めします。

期限付き契約で貸す事が出来る定期借家契約がありますが、これは借りる側からすると制約が大きいので、特別な場合を除いてはあまりお勧めしておりません。

まとめると、どうしても譲渡益を生みたいと考えなければ、再び使う事がなく特別な資金需要がない限りは貸した方が良いと私は思っています。生意気ながら収益事業を自らやって行くのも結構な人生勉強になります。 

2005年10月 7日 (金)

トイレ

これは、ただの公衆トイレです。でも地域の方々すれば、ただのトイレではありません。地域の皆様からの署名簿を集め、公園課と打ち合わせをして市長にも直接お願いして一年以上待ってやっとこのほど設置されました。(榛松地域の公園内)

川口市も自治体としてはご多聞に洩れず、厳しい財政難のもとやり繰りをしながら、市政運営をしております。こんな事と思うかもしれませんがこれが現実です。

新郷地内のインフラ整備については、今後折に触れて報告して行きたい思います。

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2005年10月 5日 (水)

遺 言

彼岸が過ぎてから、以前からご縁のある顧客のところへ訪問をしました。その顧客(高齢女性)から遺言の事について相談をされました。先ただれた夫から受け継いだ財産を自分が亡くなった後、実の子供達が争いなくこれらを分ける事が出来るかどうかとでも心配だと言う事でした。

一般的には、子供達は、結婚して子供が出来て、家を買い、やがてその子供(顧客からは孫)が結婚又は、独立して、紆余曲折がありながらもそれぞれが年齢を重ねてきた訳ですが、場合によっては、その数十年の時の流れは、兄弟を他人のような関係にしてしまう事があります。稀には他人はおろか兄弟を断絶するぐらいの関係悪化もあるやに聞きます。

そうした心配を今回の顧客はなんとなく子供達の日常の関わりを見て感じているのかもしれません。法的には遺言を作成しておく事はそうした心配を取り除くには効果的な手法だと思います。本質的な解決はぜんぜん別のところにある事は誰しもが理解している事。それらを踏まえて私はのちのちの為に公正証書遺言をお勧めしました。

2005年10月 3日 (月)

”桜 島”

9月末に鹿児島に行きました。初めて桜島に上陸しました。その荒々しい切り立った山肌は、近くで見れば見るほど雄大でした。

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